ドイツ シュトゥットガルト近郊で暮らしています。日々の出来事、シュヴァーベン地方の紹介などを書いています。
"冷たいビールの代わりに、重水ならあるでよぉ" (さぁ、お勉強の時間です!)
2016年11月10日 (木) | 編集 |

最近、まじで寒いですね〜、、。息、白いですね〜、、。
朝、マイナスですもんね〜、、。
(昨日 11月8日、雪降りました、、、)


お久しぶりです。お元気でしたか?
テニス肘になっちゃったりもしてますが、私は元気です。(^▽^;)
(身体劣化により、治らね〜、、、)

・・・それはいいとして、

今回はかなり久しぶりに訪れた町についてのご紹介〜。


先日、Stuttgartから南西に道のりで約70kmくらいのところにある
Haigerloch(ハイガーロッホ)という町に行ってきましたよ。

この町は、ネッカー川の右支流であるEyach(die Eyach)という川の
流れる谷にあり、険しい貝殻石灰岩の壁に囲まれています。

Haigerloch1
残念なお天気で、、、(*_*)


Haigerloch城
Schloss Haigerloch(ハイガーロッホ宮殿)とSchlosskirche(教会)



Haigerloch2
その宮殿と教会は、こんな崖の上に建っているのですが、
その教会のすぐ下の岩の中、もともとはビールの地下貯蔵庫であった場所は
第二次世界大戦の最終局面と向かう1945年3月の終わり頃、
『ウラン原子炉の実験施設』として姿を変えておりました。

ベルリンへの爆撃から逃れるために、研究者たちは実験用のウランや重水
ベルリンからここハイガーロッホの岩の中へと移動したのです。


Atomkeller Museum1
現在は、Atomkeller-Museum(アトムケラー博物館)

原子核分裂の発見者であるドイツの化学・物理学者オットー・ハーンから
今日までの、ドイツの原子核(力)研究の歴史を紹介しています。


オットー・ハーンらによるウラン原子の核分裂反応の発見を機に、
ドイツの原子爆弾開発(ウランプロジェクト)の為の実験が
ナチス・ドイツ政権下で試みられるようになっていきました。

このプロジェクトの最後の大実験となったのが、
ここハイガーロッホのこの地下実験施設での『核分裂 連鎖反応実験。
(コードネームは『B8』。いや、別に秘密の名前でも無かったようだな)

(この実験において、ざっくりですが...)
重水の中で、ウラン原子が中性子の衝突・吸収によって
核分裂をおこし、更にこの核分裂によって放出された中性子が
また別のウラン原子に衝突し吸収され中性子を放出し、、、
を繰り返していくのが核分裂の連鎖反応。

核分裂が起きる際に発生する大量の熱(エネルギー)を利用したのが
原爆(一気に核分裂を発生させる)だったり、原子力発電(制御しながら
ゆっくりと核分裂反応を起こさせる)だったりするわけですねー。


そして時代は第二次世界大戦中

対ドイツである連合国(アメリカだったりイギリスだったりソ連だったり)、
特にアメリカは、ドイツの原子力研究の状況について不明確で
かなりの不安・脅威をもっていたので、マンハッタン計画の枠組みの中、
1943年に特殊部隊ALSOS(アルソス)』を発足させ、
原子力研究の全貌を解明し、研究成果を押収するべく活動を開始していました。
(アルソスミッション1とか2とかありましてね)


最終的には1945年4月23日に、『アルソスミッション3』において
ここハイガーロッホは占拠され、この地下実験施設は見つかり、
その翌日には全ての設備が撤去・解体されてしまいました。


更にこの地下施設を爆破する計画があり、それによって崖の上に建つ
教会も破壊を余儀なくされるところでしたが、当時の町の司祭の強い抗議によって
大掛かりな爆破は行われなくなったとのことです。
(ただ、いくつかの小さな爆破での破壊方法に変更されただけ)


ここに居た研究者(学者)たちも捕まって、イギリスのケンブリッジの近くの
カントリーハウス Farm Hall に、合わせて10人のドイツの原子核物理学者が
幽閉されました。(1945年7月3日〜1946年1月3日)



と、ここまでがこの地下実験室のおおまかな歴史。
(長かったすね、、ふぃ〜、、、)


ところで、私はこの日、久々にここを訪れたわけですが、
このアトムケラー博物館は残念ながら休館日でして、、、(>_<)

ここからは数年前に入館した時の画像で少し紹介を続けま〜す。


数年前(さて、どれくらいよ?)の記憶の中では、
この博物館の中はそれほど広くなく、展示物も多くなかったと思うのですが、


Atomkeller Museum2
とにかく圧巻だったのが、この模造(オリジナルによく似せて作られた)の
実験用ウラン原子炉。(重水炉)



<この実験用原子炉の構造について>

コンクリートの円筒(シリンダー)の中にアルミタンク
を設置し、冷却のためにその間は普通の水で満たします。
直径約210cm、高さ216cmのそのアルミタンクの中には、さらに別の
マグネシウムのタンク(直径、高さとも124cm)が置かれ、そのタンク間は
厚さ43cm、10トンにもなる黒鉛(グラファイト)層で埋められます。
こうして、発生した中性子がタンクから漏れていかないように遮断するのです。

78本のアルミニウム導線に、一辺5cmの角形の天然ウランを664個ぶら下げて
フタに14cm間隔で配列して固定し、マグネシウムのタンクの中に入れて
フタをネジで止め密封します。

原子炉の中央には『Kamin(煙突)』と呼ばれる管を通して、
『ラジウム - ベリリウム 中性子源』が入れてあります。
ウランが核分裂を起こすための中性子を発生させる機動装置みたいなものです。

フタの部分には『みぞ』があり、中性子検出器が差し込まれ、
それによって配列の中や黒鉛層の中、外側の水にある中性子の配分が
正確に測定できるようにしてあります。

最後にこの『煙突』を通してゆっくり注意深く重水をマグネシウムタンクに
満たしていきます。

この重水の注入の間に、核分裂反応が起き中性子の増加は進んでいきます。
中性子の増加が止まること無く続くとき(=核分裂の連鎖反応が持続する状態に
なったとき)、『臨界』に達したといいます。


先述したように、アメリカの『アルソスミッション3』でこの実験用原子炉も
解体されてしまったわけですが、それまでの実験で『臨界』に達することは
なかったようです。(あと1,5倍の規模は必要だったらしいです)

なので、この時点では『原爆』なんてまだとてもとても(製造できない)といった
ドイツの実情だったのでした。





その他の展示物について。

オリジナルのウラン
実験で使われたオリジナルの角形ウラン


模造の重水タンク
重水用貯蔵タンク(模造)


オットーハーンの実験卓
オットー・ハーンの卓上実験装置(模造)


アルソスミッション3
『アルソスミッション3』ハイガーロッホの原子力研究の最期



ドイツの物理学者
ドイツの原子力研究者たち
オットー・ハーン、アルベルト・アインシュタインヴェルナー・ハイゼンベルク
ヴァルター・ボーテカール・フリードリヒ・フォン・ヴァイツゼッカー
カール・ヴィルツ

(この6人の内、アインシュタインとボーテ以外の4人は、アルソスミッション3の
後で捕まって、先に書いた Farm Hall に幽閉された学者達です、、)


さて、長くなりましたが最後に、、、


ハイガーロッホ教会1
これが、危うくあの地下実験室もろとも爆破されかけた、崖の上の教会です。


ハイガーロッホ教会2

いや〜、危なかったね〜。美しいままで残せて良かったですよね!

(ちなみに宮殿は、、今はなんかレストランです、、)


"Schweres Wasser statt kühles Bier"
冷たいビールの代わりに、重水野郎
- Haigerloch schreibt -

そんなハイガーロッホのお話でした〜(^_^)/

はい、お勉強の時間、終了〜〜〜〜!! (はぁはぁ、、、)


黄色〜

アトムケラー博物館に行く時は気をつけて!
3月、4月、10月、11月は土日だけだし、12月〜2月は閉館です。(なにっ!?)
 Atomkeller Museum



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先日、「今、ウランと重水の勉強してるのよ」と友達に話したら
「え?水爆でも作るの?」って、、(^▽^;)
いや〜、水爆つくる以前に、もう頭が『爆!!』ですわ。

物理って難しい、、、でも好きなんす♡



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コメント
この記事へのコメント
マイナス
お久しぶりーふ、元気にしてますか?、ドイツも寒そうですね、岩手も8日だっけか?9日だっけか?仕事帰り国道に設置してある温度計がマイナス1℃表示してたよ。寒くなると乾燥してくるので風邪ひかないように気を付けてね。核のお話し大変勉強になりました。
2016/11/13(日) 14:07:53 | URL | 麦わらのルフィー #-[ 編集]
麦わらのルフィーさん(^_^)
お久しブリーフ!最近(15日ころから)また気温が緩んでて
日中は14度くらいかな〜。上がったり下がったりが極端だから体がうまくついて行かないよぉ〜。
お互いに風邪ひかないように気をつけようね!!

2016/11/20(日) 07:46:52 | URL | 由麻 #Q9J.FUXY[ 編集]
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