ドイツ シュトゥットガルト近郊で暮らしています。日々の出来事、シュヴァーベン地方の紹介などを書いています。
滝も凍ってたわけよ(Bad Urach)
2017年02月15日 (水) | 編集 |

あ"〜〜、、、しばらくパソコンと格闘する日々でした。
(ってか、現在進行中)

野郎、壊れたわけではないんですよね〜。
ただ "いらんこと" やっちゃって。。。も〜っ(>_<)

だって、ここまで書いててすでに不具合(=思わず愕然とすること)発生。
それについては次回にでもまとめるかな〜。


ってことなんですが、今回はパソコン野郎と格闘する羽目になる前に
書きたかった話を書こうかなと。。。(もう古い話やわ)

前回、Filstal(フィルス谷)の雪道散歩について書きましたが、
その散歩の翌日(1月20日)、、、やはり雪道散歩でした(-+_+-)

Bad Urach滝凍る1
前日と大体同じく午後1時半頃に目的地そばの駐車場に到着。
(ウチからは車で約40kmかな)

ここは、Bad Urach(バート ウーラハ)という町の南。


Bad Urach滝凍る5



Bad Urach滝凍る6

Der Brühlbach(ブリュールバッハ)という小川に沿って向かった先は、


Bad Urach滝凍る2
奥に見えてきてますが、Uracher Wasserfall(ウーラハ滝)です。
高さ約37mほどの滝。

で、やはりというか、


Bad Urach滝凍る3
凍ってりゅ〜(>_<)



Bad Urach滝凍る4
はい、これを見にきました。。。

まぁ、これはこれで「お〜、凍ってる〜!」ってとこですが、
やっぱ『緑の季節』に来たいものです。 過去ブログ


この週はペタさん休暇を取っていたので、
奴は暇していたってこともありますが、

この翌日はStuttgartのテレビ塔周辺を散歩。

テレビ塔1
天気は良かったけれど、


テレビ塔2
はい、雪道〜。。。



鹿の森1
1月27日、私らのよく行く『シューンブーフの森(Schönbuch)』

雪道〜。


鹿の森2
シカは日向でまったり。


鹿の森3



ケルシュ谷
1月29日、初夏は『ニンニク臭』が強烈な Körschtal (ケルシュ谷)

やはり 雪道〜。
雪の上の散歩は、もういいですぅ (>_<)


寒い画像ばかりでゴメンね〜!
ほんと、春が待ち遠しいですな。

(チャリ、乗りたいしね〜。ってか乗らないとっ!!)



<おまけ>

そうそう、StuttgartのFeuersee(フォイヤーゼー)


凍るFeuersee
湖が凍ってたので、氷の上でちょっと遊んで来ましたよ(^_^)
(おそるおそる〜)




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私のMac(MacBook Pro)は2011年モデル。
ドイツに引っ越してくるタイミングで買ったやつだけど、、、
やっぱ買い替えが近いのかなぁ、、、はふっ

ちなみに『LC630』からMac派です。iPhoneは一度も使ったこと無いけど(笑)



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フィルス川(die Fils)の水源は白く、、、
2017年02月05日 (日) | 編集 |

2月に入り、寒さがちょっと緩んできた感じがします。

このまま春に向かって突き進んでくれるといいけど、
まだまだ油断できませんよね〜。

それにしても1月中旬〜終わり頃は、ずっとマイナス気温で
ホント寒かったです。
バイトで家を出るときにスマホに表示された、
『気温マイナス9度、体感温度マイナス17度
を見た時はマジでシビレましたよ(*_*)

マイナス17度
(1月25日 午前9時頃)

鼻から息をすると、鼻の奥が痛い痛い(>_<)
もうそこまで寒くなる事がないといいな、うん。


今回は、そんなとっても寒い1月19日の散歩の話です。

先日行って来た『休暇の見本市』で集めたパンフを眺めてたペタさん。
その中のIndastriekultur im Filstal (フィルス谷の工業文化)』という
ガイドブックで何かを見つけたようで、
「今日はここに行ってみよう!」
と、ちょっとでも太陽が出るとジッとしていられないこのおっちゃんに
私はいつも通りムリヤリ散歩に連れていかれたのでした。
(太陽が出ようが、ワッチは寒いのイヤやねん!)

そして(しぶしぶ)車に乗って着いた先は、、、

Filsurspurung1
スキー場ですか?! コノヤロー!!


(いえいえ、、、)

Filsursprung2
ここは『Wiesensteig(ヴィーゼンシュタイク)』という町の外れ。
(よく行くDeggingen(デッギンゲン)のアヴェマリア教会に遠くない場所)


Filsursprung3
で、目的地はFilsursprung(フィルスウアシュプルング)』
フィルス川(die Fils)の水源です。(約1,5km先)

ちょうど『フィルス川』の事がヴィキペディアの日本語でも説明
されてたので、ご参考を〜。 フィルス川


Filsursprung4
まさか雪の中を散歩するとは思っていなかったので、
靴も普通のウォーキングシューズだったわけですが、、(*_*)

陽が射す辺りは歩いてて体も温まってくるけれど、


Filsursprung5
太陽が山に隠れる場所に来ると一気に寒くなるわけよ。ひょえ〜。
(雪の間を細く流れているのがフィルス川)


Filsursprung6
フィルス川を右に見てタラタラ歩く事、約25分。


Filsursprung7
その水源に到着でーす。(午後2時頃)


Filsursprung8
標高 約625mの地点にあるこの水源から流れるフィルス川は、
約63km流れて Plochngen (プロヒンゲン=ウチの近くの町)
ネッカー川(der Neckar)に合流します。

ネッカー川に合流する地点(河口)での標高は約248mなので、
約377mの高低差を流れる下る急勾配の川なのです。
(って、さっきのヴィキペディアにも書いてあるね〜)

で、初めに戻って『フィルス谷の工業文化』について
ちょっとだけ触れてみますと、

シュトゥットガルトの南東に位置するここフィルス谷は、19世紀の半ばまで
農業や手工業が主流でした。
やがてこのフィルス川の水力の利用や、生産の機械化が始まり、
また、この谷を通るシュトゥットガルト〜ウルム間の鉄道建設によって
様々な工場の入植をここフィルス谷が請け負うようになっていきました。
そして先ずは繊維工業の中心地して急成長していったそうです。

その後、金属加工工場(現在のWMF)や織物、紡績工場、
またそういった工場で使う機械を作る工場などがどんどん創設されました。

世界大戦の間や、ナチ政権の暴力的な政策下(アーリア化など)では
この谷も危機的局面をむかえるようになり、更に第二次世界大戦後に
これらの工場は、対ドイツ連合国の『機械製造禁止』により、
安全な製品(こんろ、靴下製造、缶にフタをする機械など)の製造に
変更しなければならなかったそうです。
(要は、武器に成り代わりそうなものを作っちゃダメ!ってことでしょうね)

それでも今も、Made in Filstal(フィルス谷製)

なーんて呼んでも良さそうな、世界的に有名な企業がここにあります。
例えばキッチン用品のWMF、鉄道模型のMärklin、靴のSalamander


そしてそんな歴史をもつフィルス谷を流れる約63kmのフィルス川は
16の町を巡っています。

Filstal
水源を出て、Wiesensteig(ヴィーゼンシュタイク) 、Mühlhausen、
Bad Ditzenbach、Deggingen(アヴェマリア教会のある町)、
Bad Überkingen、Geislingen(WMFのある町)、Kuchen、
Gingen、Süßen、Salach、Eislingen、Göppingen、Uhingen、
Ebersbach、Reichenbach、そしてPlochingen(プロヒンゲン)。


ペタさんと私は、アヴェマリア教会やWMFのアウトレットに行く事が多いので
この16の町のほとんども、通過したり立ち寄ったりする事がありますが、

今こうして『フィルス谷の工業』の歴史に触れた後は、
その時代の名残というか、残っている建物なんかを探してみるのも
楽しいかもしれないな〜と感じているところです。


でもそれは暖かくなってからがいいよな。
だって、水源、白いんですもん。。。

独ヴィキペディアの水源
 
これ見てもらえば分るけど、ぜーったい緑の季節がいいもの!

というわけで、春になって、フィルス川沿いの16の町
その名残みたいなのを探しに行くような事があれば、
またブログに残してみたいと思います、はい。(^_^)/



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マジやばくなった胴回りの引き締めに効果があるかもしれないと、
『ビヨンビヨン棒』を買いました。
何それって?う〜ん、効果があったら発表しまーす。
(ってか、まだ買っただけ、なんだけど、、だめじゃんっ!!)



"冷たいビールの代わりに、重水ならあるでよぉ" (さぁ、お勉強の時間です!)
2016年11月10日 (木) | 編集 |

最近、まじで寒いですね〜、、。息、白いですね〜、、。
朝、マイナスですもんね〜、、。
(昨日 11月8日、雪降りました、、、)


お久しぶりです。お元気でしたか?
テニス肘になっちゃったりもしてますが、私は元気です。(^▽^;)
(身体劣化により、治らね〜、、、)

・・・それはいいとして、

今回はかなり久しぶりに訪れた町についてのご紹介〜。


先日、Stuttgartから南西に道のりで約70kmくらいのところにある
Haigerloch(ハイガーロッホ)という町に行ってきましたよ。

この町は、ネッカー川の右支流であるEyach(die Eyach)という川の
流れる谷にあり、険しい貝殻石灰岩の壁に囲まれています。

Haigerloch1
残念なお天気で、、、(*_*)


Haigerloch城
Schloss Haigerloch(ハイガーロッホ宮殿)とSchlosskirche(教会)



Haigerloch2
その宮殿と教会は、こんな崖の上に建っているのですが、
その教会のすぐ下の岩の中、もともとはビールの地下貯蔵庫であった場所は
第二次世界大戦の最終局面と向かう1945年3月の終わり頃、
『ウラン原子炉の実験施設』として姿を変えておりました。

ベルリンへの爆撃から逃れるために、研究者たちは実験用のウランや重水
ベルリンからここハイガーロッホの岩の中へと移動したのです。


Atomkeller Museum1
現在は、Atomkeller-Museum(アトムケラー博物館)

原子核分裂の発見者であるドイツの化学・物理学者オットー・ハーンから
今日までの、ドイツの原子核(力)研究の歴史を紹介しています。


オットー・ハーンらによるウラン原子の核分裂反応の発見を機に、
ドイツの原子爆弾開発(ウランプロジェクト)の為の実験が
ナチス・ドイツ政権下で試みられるようになっていきました。

このプロジェクトの最後の大実験となったのが、
ここハイガーロッホのこの地下実験施設での『核分裂 連鎖反応実験。
(コードネームは『B8』。いや、別に秘密の名前でも無かったようだな)

(この実験において、ざっくりですが...)
重水の中で、ウラン原子が中性子の衝突・吸収によって
核分裂をおこし、更にこの核分裂によって放出された中性子が
また別のウラン原子に衝突し吸収され中性子を放出し、、、
を繰り返していくのが核分裂の連鎖反応。

核分裂が起きる際に発生する大量の熱(エネルギー)を利用したのが
原爆(一気に核分裂を発生させる)だったり、原子力発電(制御しながら
ゆっくりと核分裂反応を起こさせる)だったりするわけですねー。


そして時代は第二次世界大戦中

対ドイツである連合国(アメリカだったりイギリスだったりソ連だったり)、
特にアメリカは、ドイツの原子力研究の状況について不明確で
かなりの不安・脅威をもっていたので、マンハッタン計画の枠組みの中、
1943年に特殊部隊ALSOS(アルソス)』を発足させ、
原子力研究の全貌を解明し、研究成果を押収するべく活動を開始していました。
(アルソスミッション1とか2とかありましてね)


最終的には1945年4月23日に、『アルソスミッション3』において
ここハイガーロッホは占拠され、この地下実験施設は見つかり、
その翌日には全ての設備が撤去・解体されてしまいました。


更にこの地下施設を爆破する計画があり、それによって崖の上に建つ
教会も破壊を余儀なくされるところでしたが、当時の町の司祭の強い抗議によって
大掛かりな爆破は行われなくなったとのことです。
(ただ、いくつかの小さな爆破での破壊方法に変更されただけ)


ここに居た研究者(学者)たちも捕まって、イギリスのケンブリッジの近くの
カントリーハウス Farm Hall に、合わせて10人のドイツの原子核物理学者が
幽閉されました。(1945年7月3日〜1946年1月3日)



と、ここまでがこの地下実験室のおおまかな歴史。
(長かったすね、、ふぃ〜、、、)


ところで、私はこの日、久々にここを訪れたわけですが、
このアトムケラー博物館は残念ながら休館日でして、、、(>_<)

ここからは数年前に入館した時の画像で少し紹介を続けま〜す。


数年前(さて、どれくらいよ?)の記憶の中では、
この博物館の中はそれほど広くなく、展示物も多くなかったと思うのですが、


Atomkeller Museum2
とにかく圧巻だったのが、この模造(オリジナルによく似せて作られた)の
実験用ウラン原子炉。(重水炉)



<この実験用原子炉の構造について>

コンクリートの円筒(シリンダー)の中にアルミタンク
を設置し、冷却のためにその間は普通の水で満たします。
直径約210cm、高さ216cmのそのアルミタンクの中には、さらに別の
マグネシウムのタンク(直径、高さとも124cm)が置かれ、そのタンク間は
厚さ43cm、10トンにもなる黒鉛(グラファイト)層で埋められます。
こうして、発生した中性子がタンクから漏れていかないように遮断するのです。

78本のアルミニウム導線に、一辺5cmの角形の天然ウランを664個ぶら下げて
フタに14cm間隔で配列して固定し、マグネシウムのタンクの中に入れて
フタをネジで止め密封します。

原子炉の中央には『Kamin(煙突)』と呼ばれる管を通して、
『ラジウム - ベリリウム 中性子源』が入れてあります。
ウランが核分裂を起こすための中性子を発生させる機動装置みたいなものです。

フタの部分には『みぞ』があり、中性子検出器が差し込まれ、
それによって配列の中や黒鉛層の中、外側の水にある中性子の配分が
正確に測定できるようにしてあります。

最後にこの『煙突』を通してゆっくり注意深く重水をマグネシウムタンクに
満たしていきます。

この重水の注入の間に、核分裂反応が起き中性子の増加は進んでいきます。
中性子の増加が止まること無く続くとき(=核分裂の連鎖反応が持続する状態に
なったとき)、『臨界』に達したといいます。


先述したように、アメリカの『アルソスミッション3』でこの実験用原子炉も
解体されてしまったわけですが、それまでの実験で『臨界』に達することは
なかったようです。(あと1,5倍の規模は必要だったらしいです)

なので、この時点では『原爆』なんてまだとてもとても(製造できない)といった
ドイツの実情だったのでした。





その他の展示物について。

オリジナルのウラン
実験で使われたオリジナルの角形ウラン


模造の重水タンク
重水用貯蔵タンク(模造)


オットーハーンの実験卓
オットー・ハーンの卓上実験装置(模造)


アルソスミッション3
『アルソスミッション3』ハイガーロッホの原子力研究の最期



ドイツの物理学者
ドイツの原子力研究者たち
オットー・ハーン、アルベルト・アインシュタインヴェルナー・ハイゼンベルク
ヴァルター・ボーテカール・フリードリヒ・フォン・ヴァイツゼッカー
カール・ヴィルツ

(この6人の内、アインシュタインとボーテ以外の4人は、アルソスミッション3の
後で捕まって、先に書いた Farm Hall に幽閉された学者達です、、)


さて、長くなりましたが最後に、、、


ハイガーロッホ教会1
これが、危うくあの地下実験室もろとも爆破されかけた、崖の上の教会です。


ハイガーロッホ教会2

いや〜、危なかったね〜。美しいままで残せて良かったですよね!

(ちなみに宮殿は、、今はなんかレストランです、、)


"Schweres Wasser statt kühles Bier"
冷たいビールの代わりに、重水野郎
- Haigerloch schreibt -

そんなハイガーロッホのお話でした〜(^_^)/

はい、お勉強の時間、終了〜〜〜〜!! (はぁはぁ、、、)


黄色〜

アトムケラー博物館に行く時は気をつけて!
3月、4月、10月、11月は土日だけだし、12月〜2月は閉館です。(なにっ!?)
 Atomkeller Museum



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先日、「今、ウランと重水の勉強してるのよ」と友達に話したら
「え?水爆でも作るの?」って、、(^▽^;)
いや〜、水爆つくる以前に、もう頭が『爆!!』ですわ。

物理って難しい、、、でも好きなんす♡




もたもたしてたら雪降っちゃったじゃないのっ!
2015年11月25日 (水) | 編集 |

『ドイツの紅葉も、悪くないのよ』

みたいな事を書こうと思ってて、 のほほんとしていたら、

初雪が降ったじゃないのっ!(*_*)
11月22日(日)

まぁ、地面に積もるほどではなかったけど、
毎週日曜のテニスに向かう途中の景色に
「紅葉がきれいだね〜 と言っていたばかりだというのに
「雪景色だね〜 という日曜日。

シュトゥットガルトではもうすぐクリスマスマーケットが始まるわけで
(11月25日〜)、いよいよ冬になるんですね〜、、、


って、そうなのだけど、慌てて書いちゃう!
『ドイツの紅葉も、悪くないわね』って話。

ウチから南東へ約50kmいったところの町、
Münsingen ミュンズィンゲン
(シュトゥットガルトからだと、+15kmしちゃってね)

Schwäbische Alb(シュヴァーベン山地)のLautertal(ラオター谷)
ある、標高約700mの町で、そこに建つ『廃墟(城跡)』からの眺めが
良さそうだったので、行ってきました。
(=ペタさんに連れていかれました)

Lautertalへ1
時は10月29日、天気悪し、、
しかも出来れば家でジッとしていたい寒さ、、


Lautertalへ2
車の窓に流れていく景色は、それでも「おお〜 と思わず声が出るほどキレイ。


Lautertalへ3
ウチを出発してから約1時間後、目的地の『廃墟』の近くに到着。
廃墟まで歩く道の紅葉にも「おお〜 です。
でも『黄色』がホント多いよね?ドイツの紅葉って。


Hohengundelfinden1
紅葉の絨毯を抜けて、見えてきましたよ。


Hohengundelfinden2
Burgruine Hohengundelfinden (城跡 ホーエングンデルフィンゲン)
1100年〜1200年頃に建てられた城だそうです。(標高約725m)


で、この廃墟からのLautertal(ラオター谷)の眺めがメルヘン野郎♡
 
Lautertal1
この谷をウネウネと流れているのがDie Lauter(ラオター川)』
ドナウ川に合流する、約42km長さの左支流(左支川)だそうです。


由麻と自由の翼
あっ!そうだ!
この日は『自由の翼(進撃の巨人)リュック』を背負っていったので
カテゴリー"壁外調査"でも良かったか??(・ω<)

城跡 ホーエングンデルフィンゲンから見下ろしたラオター谷の様子(動画)
 
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この谷を巡っては、こういった城跡が点在しているのですが、
ここからすぐ近くの別の城跡にも、この後に行ってみましたよ(^_^)
 
Hohenhundersingen1
Burgruine Hohenhundersingen(城跡 ホーエンフンダーズィンゲン)
この城も、先ほどの城と同じ頃(1100年頃)に建てられたようです。


そしてこの城跡からの眺めが、やはりメルヘン♡

Hohenhundersingenよりの眺め1



Hohenhundersingenよりの眺め2

とっても可愛らしい小さな町(^_^)

Hohenhundersingenよりの眺め3
なんかミニチュア模型みたいだわ〜。

城跡 ホーエンフンダーズィンゲンから見下ろしたラオター谷の様子(動画)
 
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Hohenhundersingenよりの眺め4
城跡の斜面にはヤギがいっぱいいましたよ。


Hohenhundersingenよりの眺め5
いろんな色のヤギ野郎♪ 可愛かった〜!


というわけで、今回はシュヴァーベン山地にある、ラオター谷の紹介と
『ドイツの紅葉も、悪くないで〜?』
のお話でした〜。(^_^)

ドイツよ?
ねっ?
(クマが出るぞ〜〜い!)



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雪が降ろうが、部活動!(`へ´*)ノ
え?自転車ですが??



ドイツで一番小さい町(だったらしいよ)
2015年09月16日 (水) | 編集 |

こんにちは!片目パンダです(*_*)

(何の事か?は、いちば〜〜〜ん下を見てね)


さて、黒い森で空中散歩をした日の帰り道、

『ドイツで一番小さな町(だった)』に立ち寄りました。

Zavelstein1
Zavelstein(ツァーフェルシュタイン)という町です。

今は、"温泉保養地" Bad Teinach(バート タイナーハ)という町の一部で
"das Städtle" von Zavelstein
『ツァーフェルシュタインのちっちゃな町』と呼ばれています。

Städtle おもいっきりシュヴァーベン表現)

お家14件と教会 しかありません。

1342年に『町』となり、その当時はドイツで一番小さな町でしたが、

1975年の市町村の改正によって、現在は
バーデン=ヴュルテンベルク州で一番小さな町なんだだそうです。
(んじゃ、今ドイツで一番小さな町ってどこなんでしょうねー)

実は、この "Städtle"、私は2011年の夏に一度 訪れた事があります。
(おっっ、もう4年も前かっ!?)

ま、様子はちっとも変わってなかったですけどねー。

Zavelstein2

"Fachwerkhaus(ファッハヴェルクハウス)" と呼ばれる
木組みの家々が可愛いです。

Zavelstein3



Zavelstein4
1620年からある井戸。


Zavelstein5


かつて、この町の一軒が『die Schmiede(鍛冶屋さん)』だったようで、

鍛冶屋1


その仕事場の様子がうかがえるようになっています。

鍛冶屋2



鍛冶屋3



鍛冶屋4


そしてなんとこの小さな町には、1200年代に築かれた
"ホーエン シュタウフェン王朝のお城"
『Burg Zavelstein(ツァーフェルシュタイン城)』の城跡があります。
 
Zavelsteinの廃墟1



Zavelsteinの廃墟2
Burgruine Zavelstein
廃墟 ツァーフェルシュタイン

2011年の夏に来たときは、ここで結婚式のパーティーが
行われていたんでしたっけ (^_^)

Zavelsteinの廃墟3
1692年にフランス人将校(Melacsという人)の軍によって破壊されたそうです。


Zavelsteinの廃墟4


・・・っとまぁ、この小さい町を散策するのは
「あっと言う間」に終わっちゃうので、

ここ『Bad Teinach』にある温泉ホテルBAD-HOTELってのがある)で、
ゆっくり温泉につかって
ちょろっと立ち寄る程度でいいかと思います。


ってか、いつかドイツの保養地で温泉入ったり泳いだり、
泊まりで出かけたいものです、、。(The Dream)




<前回の問いの答え>

(問い:このケーキにありつけたでしょうかー)





Schwarzwäldertorte
『Schwarzwälder(Kirschtorte)』

はい。この日、近所のパン屋さんで買って、家で食べました、、、。
(紙皿に横倒れのままで)

うまかったからイイんだけど、、、なんだかなぁ〜。



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『片目パンダ』のわけ、、、。
日曜日のテニスで、自分で自分のおでこをラケットで強打しました、、、。
何十年かぶりに超特大のタンコブができたのですが、
翌日から左目の周りが、内出血でパンダのように黒くなってま〜す。てへぺろっ(・ω<)♪

てへぺろっ♪ じゃねぇっ!(`へ´*)ノ
(ボールを打て!ボールを!!)